供述心理学研究所・埼玉

体験から記憶,供述へ



 何かの出来事を経験・目撃し,その体験に基づいて後にそれについて語ることによって,供述は成立します。このプロセスは改めて図で示せば次のようになります。

@ 客観的な見えの世界

 ある出来事を人が体験します。今この絵を見ている方が体験している見えは,当然ですがこの絵の全体で,それが第三者が持つ「客観的な視点」からの全体的な見えになります。(裁判官が最終的に求めるのは、このような見え方になります)  
   
A 当事者の見えの世界1

 ただし,その場で体験している人は私たちと同じものを見ていません。たとえ
ば水色の服を着て立っている男性から見ると、この状況は図のように見えま
す。


A 当事者の見えの世界2

 けれども全く同じ場面を座っている灰色の服を着た男性から見ると、この状況
は次の図ように見え、体験されていることになります。
 このように「同じ場面を体験している」といっても、それぞれの人の「見えの世
界」は異なる形で「主観的」な形で表れているのです。(バフチン流に言えば「視
覚の余剰」とも言えますが、たとえば水色の男性には見えているラジオは灰色
の男性には見えず、灰色の男性に見えている傘立ては水色の男性には見えま
せん。)

B 記憶の保持と変容1

 そのような限定された見えの世界の中から,記憶が生まれ(記銘),それが覚
えておかれます(保持)が,その間も記憶の内容は元の体験から何かが失われ
たり,変化が起こったりし続けます。 図は青い服の人が見た情景が記憶され
るうちに、記憶内容が変化していく状況を表現しています。

B 記憶の保持と変容2

 記憶内容はさらに変化していきます。心理学の実験でもよく確かめられている
変化にはたとえば「○○があった」ということを、ことばのような概念をつけて覚
記憶内容が言葉に引きずられていく、という現象があります。そうやって類似の
イメージや、別の時の記憶が紛れ込んだりして自分にとってわかりやすい記憶
内容に変化していくことになります。

C 供述における記憶の生成変化

 やがて人から尋ねられるなどしてその体験が思い起こされ(再生・想起),人
に語ることになります(供述)。ここでは覚えておかれた内容が,さらにコミュニケ
ーションの中で変容し,新たな内容が付け加わったりもします。

 よくあることは,本来体験したはずのない,見えていなかった部分(たとえば自
分の背後の状況)まで再構成され,あたかも客観的にその場を観察しているか
のように出来事が語られるということです。供述はその意味で現体験からさらに
離れて「客観的な見えの世界(@)」を構成することでもあり,多少なりとも意図
せぬ創作という性格を免れません。
D 供述聴取の場

 他者の供述から元の出来事を再生するという行為は,Cのように語られた世
界から,@の世界を再構成する作業にたとえられます。実際の裁判ではさらに
Cのように語られた世界それ自体,聴き手(絵の左側人物)の解釈によってそ
の主観的な理解の枠に添って想像され(Dの左側の吹き出し),それが判断の
素材になりますので,@からはもっと遠い状態からの出発になります。

E 判決の事実認定

 このように多くの変換ステップを経て,判決は事件を描き出します。それが原
事象(@)から見ても,供述者の原体験事態(A)から見ても,さまざまな情報が
失われ,また関係ない情報が付加されていくことは,記憶やそれについてのコミ
ュニケーションの性格からむしろ自然なことです。