供述心理学研究所・埼玉

供述の特性



 供述の真偽についての判断はしばしば誤ります。なぜそのようなことが生じてしまうのか。そこには物証とは異なる供述証拠の独特の性格があります。物証は「物」ですから,それ自体は精神を持っていません。人の主観的な作用はその物証の「解釈」の部分に限られています。これに対して供述を含む「人証」はそれ自体が誰かの主観によって生み出されるものであり,さらにその主観的なものについて,他者が主観的に「解釈」を行うという複雑な関係にあります。

 さらに人証は独り言ではなく,誰かに問われて「語る」という形で成立しますから,そこには「他者の主観に対して自分の主観を語る」という入れ子の構造があります。この入れ子構造が「嘘」を可能にする基本的な構造になりますし,その供述を聞き出す相手への「迎合」といった事態を生み出す基盤ともなります。


 さらに証拠として提出された供述を理解するためには,その供述がいつどこで誰に対してどのような理由で行われたか,その供述が生み出された場の構造を評価する必要があります。供述の内容はそれが語られた文脈と独立には成立しないからです。


 裁判ではこのような複雑な供述の成り立ちを前提に,その信頼性が評価されることになりますが,判決で示される信頼性評価の基準は時に非常に単純なものです。たとえばある殺人事件に関する判決では,対立する供述を評価する際に,まず最初に供述内容が供述者の利害にどう結びつくかを一般的に検討し,「嘘をつく動機」の有無を判定し,それに前科なども加味して「どちらが信用できる証人か」についての一括した判断をしていました。

 それ以降の判断では個別の供述内容の合理性には注意が払われることなく,一括して「こちらは嘘をつく動機がない供述者だから信用できる(またはその逆)」という理由ですませてしまっていました。

 しかし,供述内容を詳細に分析していくと,利害関係からは信用できると認定された供述者の内容が,著しく非合理的である場合があり,到底「この人のいうことは一括して信用できる」という話は成り立たないことが明らかにもなります。するとその証言を基盤に成り立った判決の構造全体が崩れていく場合があるのです。

 すなわち,このような評価方法では,最初の信用性一般の評価が強力な枠組みとなって個々の具体的供述評価を支配してしまう結果,評価が「予断による恣意的判断」となってしまう場合があります。このような判断の誤りはこれまで心理学が人間心理が陥りやすいものとして指摘し続けてきた典型的な誤りになります。
 

 供述分析は供述者の供述動機などの単純な主観的要素で全体の解釈をトップダウン的に方向づけてしまうような分析は行いません。むしろ,個々の供述の性質や合理性を丁寧に分析しつつ,それらをボトムアップ的に組み立てて事態の判断を行います。

 このような分析・評価法に基づけば,ある供述者の供述全体が真か偽かといった二値的な判断ではなく,どの供述者の供述にも真偽両方が混在しうることを前提に,事実関係を立体的な形で供述から再構成する可能性が出てきます。左の図のように整理してみると,トップダウン的方法における供述評価は,結局トートロジーに陥っていることがわかりますが,供述分析は個別供述にこだわることで,そのようなトートロジカルな判断を避けようとするのです。
 この際,個々の供述の性質を判断する重要な基準のひとつが,心理学的な合理性の有無ということになります。ある客観的な事実についての供述が行われた場合,そのような供述が心理学的に見て合理的に生成可能であるかどうかがそこでは問われることになります。

 ただしこの心理学的な合理性は単純な物理的合理性や常識とは異なり,そこに人の精神作用が持つ独特の論理が介在して成り立つものです。供述は「客観的な事実」に直接基づくのではなく,「客観的な事実」の「体験」に基づくのであり,体験世界(見えの世界)の構成には,物理的世界の構造とは異なる,独特の論理・合理性が介在しているからです。心理学とはそのような心理的体験世界の独特の論理・合理性を解明することを重要な任務としてきた学問でもあります。


 ですから,客観的には一見「非合理」に見えることが,人間の心理作用としてはむしろ普遍的で「合理的」である場合も少なくありません。心理学はそのような一見「非合理」にも見える事態の「合理性」を明らかにする学問でもあります。供述評価の合理性判断では素朴な常識や物理的合理性の枠組みに捉われずに,人間心理の性格に基づく心理学的な合理性を基礎にする必要があります。それが供述を評価する場合に心理学者の専門性が固有の意味を持つ理由でもあります。

 また,複数の証言が矛盾対立するばあにも,そこで「どちらが嘘をついているか」といったシンプルな基準のみで判断することも避けます。事実と離れた供述が生み出される原因は,決して意図的な嘘や相手への迎合にはとどまらず,無意図的なものでありうることが心理学的研究によって様々な面で確認され続けています。「事実と離れた無意図的な<嘘>を生み出しうる要因」に十分な注意を払いつつ事態の構造を理解することも,心理学者の専門性を生かした供述分析の重要な仕事になります。